history

「この仕事で食っていく。そう決めたから。」柳田春人、自ら興した「セントラル20」 設立。

この年もっと大きな流れが起こった。
世界的なオイルショックの影響を受け、自動車メーカー各社はレース活動をこぞって停止。
憧れていた日産追浜ワークスも国内レース活動を止めてしまった。

幾つもの勝利が、周囲に認められ、 日産追浜ワークス入りが確定していた年だった。
ショッキングな出来事であった。

選択肢は幾つもあった。

レースの手段も、生きる方法も。
「この仕事で食っていく。そう決めたから。」
柳田春人の決意は、強く硬いものであった。

自ら興した「セントラル20」でレース活動をスタート。
日産ワークスは直接のレース活動こそ無かったが、
プライベーターのレース支援という仕事は続いた。
マシンは260Z、280Zへとポテンシャルアップしていった。