history

弊社代表「Z遣い」、柳田春人の戦歴をご覧下さい。

沿革

1969年 柳田春人 偶然参加したレースに初勝利する。
フェアレディを駆りレーシングドライバーとしてデビュー。
1972年 GCシリーズ開幕戦、土砂降りの決勝レース。 7,000ccのマクラーレン2台に続いて3位。
勝利をもぎ取る様を見て「雨の柳田」と語り継がれる伝説のレースとなった。
1975年 「この仕事で食っていく。そう決めたから。」柳田春人、自ら興した「セントラル20」 設立。
レース活動をスタート。
一般市場へのモータースポーツの復旧を目指し、日産純正部品、レース用オプション部品の販売、及び一般車のチューニングを開始する。
1978年 ST&GTレースにて、ライバル車となるマツダのサバンナ群を、
たった1台のZでぶっちぎり3勝を上げ、悲願のクラスチャンピオン獲得。
人々は「Z遣い」と呼び語り継いだ。
レース活動のノウハウを基に、フェアレディZ用スポーツパーツブランド 「Z-SPORT」 を発表。
1983年 日産の技術支援を受け、セントラル20レーシングチームは国産初のCカー造りを開始。
ネーミングは「フェアレディZC」 ドライバーは柳田春人。
「Z遣いの柳田」の復活に日本中のレースファン、Zファンは感涙した。
1988年 フェアレディZ専用の『Z-SPORT』ブランドの更なる充実を求め、一般ユーザー向けのストリートチューニング工場が完成。
2002年 フェアレディZ33型登場
フェアレディZ33の発売と同時に『現代に蘇るZG』をコンセプトとし フロントGノーズを中心とした、Z33専用エアロキット『350ZG』を開発、販売する。 Z432を彷彿させるような、他にはない縦デュアルの4本出しマフラーを性能アップはもちろんのこと、奏でる音質にもこだわり開発、販売する。
2003年 柳田春人の長男、柳田真孝。「Z遣い」を父に持つ重圧を退け、
フェアレディZにて全日本GT-300クラス、シリーズチャンピオン獲得。
「Z遣い」は継承され、伝説は 引き継がれる 。
2004年 フェアレディZ33の更なるパワー&トルクアップを目的に専用のオリジナルパーツキット『ツインターボキット』を開発、販売。
2008年 フェアレディZ34の専用エアロキット『370ZG』を『よりZらしく』をコンセプトに開発し、販売開始。
以降、フェアレディZのオリジナルチューンパーツを『Z-SPORT』ブランドにて順次開発、発売。
2009年 Z34専用『Z-SPORT』オリジナルチューンパーツのラインナップを拡充し、
更に、フェアレディZ専用チューンパーツを開発、販売。
2010年 柳田真孝がSUPER GT GT300クラスにフェアレディZで参戦し
「シリーズチャンピオン」を獲得する。
2011年 SUPER GT GT500クラスに柳田真孝が参戦し、「シリーズチャンピオン」を獲得する。
前年のGT300クラスチャンピオンに続き、史上初の2クラス連続チャンピオンと
いう偉業を遂げた。
2012年

40周年を迎え、さらにフェアレディZ専用「Z SPORT」のオリジナルパーツを随時、開発、販売する。 柳田真孝が参戦を続けた SUPER GT 500クラスにて前年度のチャンピオンに続き 前人未到の「V2」を達成する。